雪の刻 ── 幕末余燼録より

理玄異聞録の二人と同じ雪を、 幕末余燼録の二人で。
世界観が違えば、 同じ雪も違う静けさになりました。


朝とも昼ともつかない刻。
寓居の庭は、いつのまにか白くなっていた。

雪は、音を立てない。
ただ落ちて、重なって、石の角を丸くしていく。

蓮也は障子の前に立ち、桟に指先を添えた。
古い木の冷たさが、爪の下からじわりと沁みてくる。
すぐには開けず、ひと呼吸ぶんだけ間を置いた。

少しだけ開ける。
冷えた空気が、細い刃のように入ってくる。
肩をわずかにすくめ、それでも閉めきらずに庭を見た。

喉の奥で、かすかな声がほどける。
「……静かやのう」

背後で畳が小さく鳴る。
この足音は、もう聞き慣れている。
蒼史郎が来たのだと、振り向かずにわかった。

「音が減るき」

蒼史郎は庭のほうへ視線を流したまま、立ち止まる。
横顔だけが、こちらと同じ白を見ている。
庭の白と、屋根から落ちる雪の筋だけが、ゆっくり動いていた。

「北川も、降る日はある。……けんど、こうはならん」

そこで言葉が途切れる。
雪だけが、続く。

蓮也の息がひとつ、短く落ちた。
吐いた息が、桟のあたりでかすかに白く揺れて、すぐ溶ける。

ふたりとも、その白から目を外さない。

「……この雪、逃がさんでえいな」
隣にだけ届けばえい、というくらいの細さで、言葉を雪に混ぜて落とす。

蒼史郎は答えない。
ただ、わずかに足の向きを変えて、蓮也と同じほうを向き直る。
袖と袖のあいだの距離が、知らぬ間にひと筋ぶんだけ詰まった。

(聞いちゅう。……それでえい)

「……入れちょけ」
蒼史郎が手を伸ばし、障子を静かに閉めた。
外の白が、紙一枚の向こうに押しやられる。

蓮也は返事をせず、踵を返す。
卓には、湯気の立つ湯呑が二つ並んでいる。

蒼史郎は黙って座布団に腰を落とした。
蓮也は向かいではなく、その横に、少し間をあけて座る。
正面で見合うより、この肩越しの距離のほうが、いまはしっくりくる。

蓮也が湯呑に指をかける。
隣でも、縁をなぞるような小さな音がした。

ほとんど同じ間で、二つの湯呑が持ち上がる。
湯気が、ふたりのあいだを静かにくぐり抜けていく。

閉じた障子の向こうで、白さが鈍く滲んでいる。
さっきまで眺めていた雪だけが、湯気のぬくもりに押されながら、部屋のどこかに薄く残っていた。


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