一|御容体書
四月十八日
若旦那様御容体、先月よりさしたる変わりなし。
右手足、力入りにくく、歩行には介添えを要す。
問いかけへの返答、時に遅れあり。
同じことを重ねて尋ねらるることあり。
ただし、家内の者の名、自室の位置、朝夕の別は弁ぜらる。
全く人事を失いたるものにはあらず。
長話ののち疲れ強く、言葉乱るることあり。
火気、段ある所、ひとりにて近づけぬよう申し置く。
薬湯、朝夕二度。
夜間、呼鈴を枕元に置くこと。
二|奥向き用度控
五月二十四日
離れ御座所へ移し置き候品。
一、夜具 二組
一、薄蒲団 一枚
一、火鉢 小 一つ
一、薬湯用土瓶 一つ
一、呼鈴 一つ
一、行灯 一基
一、手拭 五筋
一、水差し 一つ
夜番、初夜より暁まで一名。
朝夕、薬湯の時分に女中一名差し向けること。
火鉢の炭、夜半過ぎには足さぬこと。
行灯油、三分目を越えぬこと。
呼鈴の紐、枕元より届くよう結び直し済み。
三|出火一件書上
七月朔日 夜四ツ半頃
鳴海屋裏手離れより出火。
町内人足ならびに火消組、出張。
母屋へ類焼なし。
裏手離れ一棟焼失。
焼死一名。
病人にて逃げ遅れ候由。
煙を吸い候者、家内二名。
大怪我人なし。
子細、家内取調べのうえ町年寄へ申し出ること。
四|焼跡改め控
七月二日
離れ焼跡、朝より改め。
呼鈴、金具のみ残る。
行灯台、半ば焼損。
薬湯用土瓶、割れあり。
水差し、所在知れず。
寝具、建具、ことごとく焼失。
離れ跡、当分差し置くこと。
五|出火一件申口
七月二日
出火の折につき、家内の者へ聞き取り。
夜番の者、火の手を認めし折、薬湯を運びし女中なお離れにあるものと承知し、自らは母屋側へ回り候由。
右女中、夜番の者が若旦那様のもとへ戻るものと承知し、母屋へ走り候由。
帳場におりし者、離れの方にて鈴の音を聞き候えど、奥向きより人の出るものとして、その場を離れず。
主人、騒ぎを聞き表へ出でし時、若旦那様はすでに連れ出されたものとして、母屋の差配に当たり候由。
右四名、いずれも他の者すでに離れへ向かいしものと承知していたる由。
また一名、
火の手を認めた折、まず母屋への類焼なきを確かめ候由。
若旦那様のもとへ向かうべきこと、後れて承知したる由。
右、他言なきよう願い出る。
六|口滑りの覚
七月二十六日
店先にて、手代佐吉、上得意先の値引き筋につき余計の口を挟む。
主人より叱責。
本人、申し上げた覚えありと申す。
平生そのような者にあらず。
八月二十五日
台所口にて、女中おきぬ、御新造様の前にて奥方様の御不例につき申す。
本人、口にした覚えあり。
なぜ申したか分からぬ由。
右、差し障りあることゆえ、奥向きの者へ慎み申し付け。
九月十七日
帳場にて、手代一名、借財筋につき客前にて口を滑らす。
途中にて自ら口を押さえ、以後申さず。
酒気なし。
本人、覚えあり。
十月五日
火事より此の方、家内の者、口数定まらず。
客前、奥向き、帳場にて、慎むべきことを申す者あり。
いずれも後に悔い、覚えありと申す。
病とも酒気とも見えず。
商いに差し障りあるにつき、主人へ申し上ぐ。
七|家内申出控
台所口にて、若旦那様の御声に似たるものを聞き候由、女中おきぬ申し出る。
右、夜番の者へ、同様の声に取り合わぬよう申し渡し。
奥の廊下にて、片足を引くような音ありと申す者あり。
火後のことにつき、口外無用のこと。
夜半、離れ跡より鈴の音ありと申す者あり。
焼跡改めの折、呼鈴は金具のみ残り候。
子細知れず。
台所の女中、若旦那様の名を呼ばれ候と申す。
ただし、誰の声とも申し切れず。
八|祈祷方宛相談状
当家、七月朔日夜、裏手離れ焼失。
若旦那様、御不慮にて御逝去。
右の後、家内の者、慎むべきことを口に出し候こと重なり、店先、奥向き、帳場にて差し障り多く候。
いずれも後に悔い、覚えありと申し候。
病とも酒気とも見えず候。
また夜半、離れ跡にて鈴の音、声の類を聞き候者あり。
当家には古くより、正月七日に鷽替えの例あり。
此度のこと、右の例をもって鎮めること叶うや。
内々に御差図願い上げ候。
九|祈祷方返書
口に出で候もの、ただの病とは限り申さず。
家の内に残り候もの、人の口より出づれば、また人を損ない候。
古来、鷽は替えの鳥に候。
すでに御家にてその例あり候ならば、右の形をもって受け口と定むべし。
ただし、例年の木鷽を用いるべからず。
此度のことには、別に一体を誂えらるべく候。
木の身にて形を作り、嘴は鳥のものを用いること。
口に残るものを、鳥の口へ替えるためなり。
以後、正月七日のほか、七月朔日にも右の木鷽を出すこと。
十|猟師宛書状
小鳥の嘴、至急入用。
鷽ならばなおよし。
なければ、形近きものにて構わず。
ただし、欠け、割れ、潰れなきもの。
嘴より先、余分の肉付きなきよう頼み入る。
人目に触れぬよう包み、当家裏口まで届けられたし。
代は言い値にて構わず。
十一|木地師宛覚
木鷽 一体。
旧来、当家にて用いる鷽替えの形に倣うこと。
大きさ、両手に収まるほど。
木地、堅きもの。
羽筋、目、尾羽の形、旧品を見本とする。
彩色、華美にせず。
嘴は別に用意の品あり。
木にて作らず、右の品を継ぐこと。
仕上がり次第、箱ともに納められたし。
十二|番頭書留
一月二十日
此度誂えの木鷽を用い始めてより、家内しばらく平常に戻る。
店先、帳場にて口過ぎのこと、このところ聞かず。
奥向きよりも、新たな申し出なし。
離れ跡の鈴の音、声の類も、近頃聞こえず。
右、控え置く。