理玄異聞録

京洛怪異観測譚

理玄異聞録

京洛怪異観測譚

理は形を測る

異は声を写す

ここに並び立ちて記す

明治期を半歩ずらした、啓治期の京洛。

京洛博物館の分館に、
文部省博物局の小さな掛——特例事象観記掛が置かれている。

分類にも、扱いにも収まりきらないものが、ここへ届く。
蓋を開けるか。何を測るか。何を帳面に残すか。
ここで、測る者と写す者の仕事が始まる。

聞こえない、と一人が言う。
届いている、と一人が言う。

乾いた心臓の標本に、聴診器を当てる。
音としては、聞こえない。
それでも、耳の奥を何かが掠める。

「音は、聞こえん」
「声は、届いちゅう」

同じものを前にしても、受け取るものは同じではない。
その違いを消さずに、二人は同じ帳面へ置いていく。

測る者、写す者

志岐 理一郎(しき りいちろう)

観測官・標本医

江都医理院から、京洛の分館へ出向してきた。骨も臓も、寸法と重さで測り、図に起こして帳面へ収める。手がかりのないものにも、まずは手順を組む。得られたことと、なお残ることを、混ぜずに置く。

久遠 異紀(くおん いき)

書記官・元依代

かつて、異の声を通す身として過ごした。いまは筆を持ち、声になりきらないものを紙へ移す側にいる。
何を書くか。どこまでを残すか。その判断も、書記官の仕事になる。

測る手と、写す筆。
二人は、同じ事象の前に並び立って記す。

雨の匂い。紙を捲る音。ふと変わる息。
答えより先に、細部が積もっていく。

静かな怪異譚。近代和風の幻想。観測と記録の仕事もの。
怪異の輪郭は、手順と所作を通して見えてくる。
二人の距離は、傘や飴や紙の扱いに現れる。

一話ごとに、案件は区切られている。

届いたもの

標本

脈を打つ、乾いた心臓。

眼球

覗いた者が、それぞれ違うものを見たと言う。

触れるたびに手ざわりが変わる。

二胡

女の声で鳴る。

祓うことは、この掛の仕事ではない。
ここで確かめるのは、現象の条件と、影響と、扱い方。
起源に届かないこともある。

本文から

距離

視線を上げれば届く。
手を伸ばせば届かない。
その加減を、指先で測る。

並び

墨のすれる音が、
ふたつ分、静かに重なった。

それでも、この物語の山は、
怪異が現れた瞬間だけにあるのではない。

それを何と書くか、
どこまで書くかが決まるところに来る。

記さなければ、その声はなかったことになる。書けば、その形のまま残りつづける。

記録は、第一号から始まっている。

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