十二国記の短編集が発売されるという。
もちろん、楽しみだ。

ただ、何年も、
——もしかしたらもう出ないかもしれない
——期待しすぎてはいけない
——出なかったとしても文句は言えない
と、思いながら待ってきた身には、「出る」と分かってから発売日まで待つ数か月のほうが、かえってきつい。

何かあって読めなかったら、今際の際に「読みたかったな……」ってよぎるくらいには、待っている。

発売日当日に、たまたま書店で見つけて、帰り道のバスや電車の中で開いて、そのまま一気に読む。

それがいちばん理想的な出会い方だ。

――という話を、理一郎と異紀にしたら。


異紀はそれを聞いて、まず吹き出した。

「……死ぬ前の心残り、そこながや」

理一郎が湯呑を持ったまま、目を向ける。

「笑うところか」

異紀は口元を押さえたまま、肩を揺らした。

「いや、本気やき余計におかしい」

理一郎は眉間を押さえた。
湯気が、二人のあいだを細く上がる。

「新刊の告知というのは、もっと穏やかに受け取るものだろう」

「無理無理。十二国記やで」

理一郎は一瞬だけ黙った。

「……それで済むのか」

異紀は菓子皿から干菓子をひとつ取った。

「通る。国が動く」

「本の話をしているんだが」

干菓子が、かり、と鳴った。

「ほいたら、発売日まで足元気をつけんと」

「急に現実的だな」

「転んだら、恨む先が増えるき」

理一郎の顔が、微妙に渋くなる。
湯呑の縁に、指が一度だけ触れた。

「……縁起でもない」

異紀がそこでにやっとした。

「志岐さん、顔に出ちゅう」

理一郎は湯呑を置いた。

「待て。俺の話ではない」

異紀はもう一枚、紙を覗き込む。

「書店で偶然見つけるやつ、えいねえ。あれは運命の顔しちゅう」

「一冊くらい、先に押さえておけ」

「夢がない」

理一郎は菓子皿の端を指で直した。

「備えは別だ」

異紀は少し考えるふりをした。
障子の向こうで、風が庭木を撫でる。

「ほいたら、予約した一冊は迎えに行って、もう一冊は棚で出会う」

理一郎が額に手を当てた。

「……増えたな」

「十二国記やき」

理一郎は、湯呑へ目を落とす。

異紀は満足そうに、残りの干菓子を口へ放った。

しばらくして、理一郎が低く言った。

「発売日当日は、早く帰った方がいい」

異紀が目を細める。

「志岐さん、もう予定組みゆう」

「騒ぐより安全だ」

「本気やね」

理一郎はそっぽを向いた。

「……読み損ねるよりはいい」

異紀は笑って、湯呑を手元へ寄せた。

「よかったねえ。観記掛、十二国記休暇を検討中」

理一郎は黙って、菓子皿の向きを直した。

「でもまあ、ほんま、読めますようにやね」

湯気が、ふたりのあいだで薄くほどけた。