理玄異聞録
京洛怪異観測譚
理は形を測る
異は声を写す
ここに並び立ちて記す
聞こえない、と一人が言う。
届いている、と一人が言う。
乾いた心臓の標本に、聴診器を当てる。
音としては、聞こえない。
それでも、耳の奥を何かが掠める。
「音は、聞こえん」
「声は、届いちゅう」
同じものを前にしても、受け取るものは同じではない。
その違いを消さずに、二人は同じ帳面へ置いていく。
測る者、写す者
志岐 理一郎(しき りいちろう)
観測官・標本医
江都医理院から、京洛の分館へ出向してきた。骨も臓も、寸法と重さで測り、図に起こして帳面へ収める。手がかりのないものにも、まずは手順を組む。得られたことと、なお残ることを、混ぜずに置く。
久遠 異紀(くおん いき)
書記官・元依代
かつて、異の声を通す身として過ごした。いまは筆を持ち、声になりきらないものを紙へ移す側にいる。
何を書くか。どこまでを残すか。その判断も、書記官の仕事になる。
測る手と、写す筆。
二人は、同じ事象の前に並び立って記す。
雨の匂い。紙を捲る音。ふと変わる息。
答えより先に、細部が積もっていく。
静かな怪異譚。近代和風の幻想。観測と記録の仕事もの。
怪異の輪郭は、手順と所作を通して見えてくる。
二人の距離は、傘や飴や紙の扱いに現れる。
一話ごとに、案件は区切られている。
届いたもの
標本
脈を打つ、乾いた心臓。
眼球
覗いた者が、それぞれ違うものを見たと言う。
布
触れるたびに手ざわりが変わる。
二胡
女の声で鳴る。
祓うことは、この掛の仕事ではない。
ここで確かめるのは、現象の条件と、影響と、扱い方。
起源に届かないこともある。
本文から
距離
視線を上げれば届く。
手を伸ばせば届かない。
その加減を、指先で測る。
並び
墨のすれる音が、
ふたつ分、静かに重なった。
それでも、この物語の山は、
怪異が現れた瞬間だけにあるのではない。
それを何と書くか、
どこまで書くかが決まるところに来る。
記さなければ、その声はなかったことになる。書けば、その形のまま残りつづける。
記録は、第一号から始まっている。
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