AIが作れるようになったとき、私は何をしていたのか――小説の特設サイトを作り終えて、制作ログを振り返った

自作小説『理玄異聞録』の特設サイトを作った。

既存の「ことづて綴」にも作品紹介ページはある。
今回はそこを作り直すのではなく、『理玄異聞録』を初めて見た人が作品に入り、そのまま第一話を読みたくなるような特設ページを別に作った。

最初の大本はChatGPTと組んだ。

  • 何を載せるか。
  • どの順番で見せるか。
  • 各ブロックに何を担当させるか。

そこから本文七話分や、それまでに作ってきた資料を見直した。途中からClaudeにも参加してもらい、原稿や構成を詰めた。仮のイラストを用意してClaude Designへ持っていき、出てきたデザインをまたClaudeと見ながら修正した。実装にはCodexを使った。

そして、公開まで終わった。

理玄異聞録特設サイト|ファーストビュー

そのあとで、今回の制作中に何をしていたのかを振り返った。
そこで気づいた。

これ、小説をつくっているときと同じことをしている。

文章も、画像も、デザインも、コードもAIが作れるようになった。
では、その横で私は何をしていたのか。

制作ログを見返すと、その答えになりそうなものが、具体的に残っていた。


最初にやっていたのは、「作る」ことより「何を残すか」を決めることだった

特設サイトを作ると決めて、最初からコピーを書き始めたわけではなかった。
まず決めたのは、このページの役割だった。

  • 『理玄異聞録』について詳しく説明するページではない。
  • 作者について知ってもらうページでもない。
  • AI制作について語るページでもない。

初めて来た人に作品を見せ、最後に第一話へ送る。
そこから、ページを七つのブロックに分け、それぞれに「ここでは何を持ち帰ってもらうか」を一つずつ置いた。

  • 異変を見せる場所。
  • 観記掛が何をするところかを見せる場所。
  • 理一郎と異紀を見せる場所。
  • これまでの案件を並べる場所。
  • 記録には直接書かれないものを置く場所。

役割が決まってから、素材を探した。
ここでも、新しい宣伝文句を大量に作ったわけではない。

本文の中には、すでに、

『脈動あり』

や、

「たまに振るとよし」

や、

「二週間で出せ」

や、

窓際の席は、まだ白いままだった。

といった言葉があった。

まず七話分の本文から、LPに使えそうなものを拾った。

そのあとで私は、以前作ったSNS用の素材集について、

「そこから戻れるところがあれば」

と、過去の資料にも戻った。

そこには、以前すでに選んでいた一枚札や、各話で何を押し出すかという整理だけでなく、逆に「これは一枚では使わない」と決めた台詞まで残っていた。
本文から採り直したあとで、さらに過去の検討結果も掘り返したことになる。

AIなら、その場で新しいコピーをいくらでも作れる。

でも今回やっていたのは、新しく作ることより先に、もう作品の中にあるもの、以前すでに考えたものを探すことだった。

振り返ると、この時点から普段の小説制作と近い。

何かを書かせる前に、

  • 何をここに置くのか。
  • 何をまだ出さないのか。
  • どれを残すのか。

を決めていた。


「カードの所がなんかダサイ」

デザインが画面になってからは、別の作業が始まった。
各話を紹介するカードが並んだ画面を見て、私はこう言っている。

「カードの所がなんかダサイ」

この時点では、原因を説明していない。

Claudeが画面を見て分解した。

  • 話数ラベルの折り返しが揃っていない。
  • 題名の改行位置がばらばら。
  • 罫線の位置がおかしい。
  • 四枚と三枚に分かれた配置で右下に穴ができている。
  • 上下段で画像比率も違う。

それを直した。
ところが、私はもう一度差し戻している。

「デザインそのものもダサい」
「昔のワードアートだよこれ」
「ここだけWindowsの標準のみたい」

一度目の分析が間違っていたわけではない。
レイアウトには実際に問題があった。
ただ、それを直しても残るものがあった。

二度目に見直して、今度はベタ塗りの質感、均等すぎる組み方、意味の薄い罫線など、別の層の問題が分解された。

制作中の私は、最初からそれを「余白と質感と罫線設計の問題です」と説明していたわけではない。

先に出ていたのは、
「なんかダサイ」
だった。

あとからログを見ると、ここで人間とAIがやっていたことが分かれる。

私は違和感を出した。
AIは、それがどこから来ているのかを分解した。
そして、一度分解してもまだ違えば、また戻した。

カード|完成後

構造では通っても、通して読むと引っかかることがある

最後のCTAにも似たことがあった。

ページの冒頭には、

理は形を測る。
異は声を写す。
ここに、並び立ちて記す。

という三行がある。

最後のCTAでは当初、

「冒頭の三行は、第一話の観測記録の末尾に――」

と、最初の三行を参照する文章を置いていた。

完成前の構成レビューの段階では、Claudeもこの形を「冒頭の題言を最後で回収できている」と評価していた。
構造上はつながっている。

でも完成したものを通して見たあと、私は、

「冒頭の三行って言っても覚えてないだろうし」
「文としても読みにくい」

と戻した。

長いページの最後で「冒頭の三行」と言われても、読者がその三行を頭の中に保持しているとは限らない。

そこで、最後にも、冒頭の三行(理は形を測る。異は声を写す。ここに並び立ちて記す。)そのものを置く形に変えた。

CTA|最終版

この例では、構成レビューでは通っていたものが、実際のページを上から下まで見たところで止まった。

今振り返ると、これは小説でも起きている。

  • 前後の因果は通っている。
  • 構成としても説明できる。

それでも通して読むと、
ここではない。
となることがある。


逆に、AIの出力を見て、こちらの仕様を変えたこともある

だから、今回の作業を
AIが作る → 人間がチェックする
と整理すると、違う。

こちらが変わった場面もある。

HERO画像は、当初、文字を載せることを考えて作ろうとしていた。
ところが思ったようにはいかず、人物二人が大きく入った画像になった。

私はその画像を見せながら、

「なんかイメージ通りにいかなかったから01と02はこの画像に変えちゃった。文字が入らないかも……」

と言っている。

そこで、画像を元のワイヤーへ無理に戻すのではなく、HERO部分についてはClaude Design側で改めて設計してもらうことにした。

元の仕様より、実際に出てきた素材を優先した。
最初に決めたものを守ること自体が目的ではなかった。


「これはこれでいい。でも水なんだよな」

Claude Designから出てきた案は、暗い背景を基調にしたものだった。

それを見たとき、私はこう言っている。

「黒背景はかっこいいんだけど。理玄異聞録のモチーフは水だからな…。
これはこれでいい。ほんとに。」

黒をやめたいわけではなかった。
黒背景は残していい。

でも、『理玄異聞録』には水、水面、雫、紋というモチーフがある。
そこで、水の要素を背景の動きにも入れていった。

すると今度は、

「背景のモーションが直線的っぽいからなんかスーツのストライプに見えるんだよね。うまくいえないんだけど。完璧じゃなくていいんだけど、和風の波というか……シュっとした流水柄を表現できればいいんだけど……」

となった。

ここでも最初から、

「ベジェ曲線を使って、不均等な幅と位相差を持つ流水紋にしてください」

と言っていたわけではない。

「スーツのストライプに見える」から始まった。
そこから、直線、平行、等間隔だから縞に見えるのではないか、と分解して、和風の流水紋の方向へ言葉を変えていった。

一方で、黒背景そのものは捨てていない。

良いところまで全部戻さず、違うところだけを探した。

これも制作ログの中で何度も起きている。


詳しく指示すればするほどいい、でもなかった

Claude Designに渡す依頼文を作ったときにも、同じような判断があった。

AI側からは、守るべき条件を詳しく列挙する案が出た。

私は、

「あまり指示はしたくないんだよね」
「まだ画像も仮なんだけど一度見たいという感じ」

と返している。

作品として外せない条件はある。
でも、デザインまでこちらで決め切ってしまったら、デザインを依頼する意味が薄くなる。

そこで、成立に必要な条件は渡し、その先は一度提案してもらった。

ここでもやっていたのは、AIへの指示を増やすことではない。

どこまで自分で決め、どこから先を相手に渡すかを決めることだった。


作り終えてから、小説と同じだと気づいた

今回のサイトを公開したあとで、制作工程を振り返った。
Claudeにも、途中から参加した範囲で具体的な場面を拾ってもらった。

そうして並べてみると、普段AIと小説を作っているときの進め方と重なっていた。

小説でも、AIの文章を見て、

「この台詞は理一郎が言うか」
「ここで異紀がそれを言うのは違う」
「文章は整っているけれど、この二人の会話としては整いすぎている」
「反復を減らした結果、人物の声まで消えている」

と判断している。

原因がはっきりしないときは、AIと一緒に分解する。
AIの説明が違えば戻す。
良い案が出れば採る。
その案を採るために、前に決めた構成を変えることもある。

今回のWeb制作でも、同じことをしていた。


変えなかったものは少ない

振り返ると、今回ずっと動かさなかったものは限られている。

  • このLPは、初見の人が『理玄異聞録』を読みたくなるためのもの。
  • 理一郎と異紀は対等な二人として見せる。
  • 二人の関係に意味づけの言葉を置かない。
  • 作品にあるものを、隠しも足しもしない。
  • 怪異を退治する話として見せない。
  • 最後は第一話へつなぐ。

ここは変えなかった。

一方で、そのための方法は何度も変えた。

  • 文章を削った。
  • 画像を変えた。
  • HEROの仕様を変えた。
  • レイアウトを変えた。
  • 水の見せ方を変えた。
  • AIの提案も、そのまま採ったものと戻したものがある。

振り返って、改めて整理するなら、

核は固定する。方法は固定しない。

になる。

これも、小説でやっていることと同じだった。


AIが作る、その横で私は何をしていたのか

制作ログを振り返ってみると、今回の私は、AIの代わりに文章を書いたり、画像を描いたり、コードを組んだりしていたわけではない。

やっていたのは、

  • 何を残すかを決める。
  • 何を入れないかを決める。
  • 違和感があれば止める。
  • その原因を探す。
  • AIの説明が違えば戻す。
  • 良いものは残す。
  • 変えない核を持ち、そこへ至る方法は必要なら変える。

ということだった。

そして、その判断の材料としてAIの出力を使っていた。

AIの出力は、完成品でも命令でもなかった。
次に何を決めるか、そのための材料だった。

制作ログには、

「なんかダサイ」

「まだ違う」

「冒頭の三行っていっても覚えてないだろうし」

「これはこれでいい」

「スーツのストライプに見える」

という言葉が何度も残っている。

そこからAIと原因を探し、直して、また見る。

AI側の提案を戻すこともある。
AIの出力を見たことで、こちらの仕様を変えることもある。
新しく作る必要がなければ、本文や過去の資料へ戻る。

全部作り終わってから工程を並べたことで、その形が見えた。
そして、それは特設サイトを作った今回に限った話ではなかった。

私はAIと小説をつくっているときにも、

  • 何を残すか。
  • 何を変えるか。
  • 何を変えないか。
  • 「違う」と感じたものの、どこが違うのか。

それを行き来している。

特設サイトを一本作り終えて振り返ったら、Webでも小説でも、私は同じようなところで止まり、選び、戻し、変えていた。

AIが作れるものが増えても、そこは私がやっていた。


※この記事で扱った特設ページはこちらです。

理玄異聞録|京洛怪異観測譚
祓わない。
測って、写して、帳面に残す。
京洛の小さな官署が、分類できないものを観測し記録する近代幻想の連作短編。