標本医(ひょうほんい)とは、近代幻想連作『理玄異聞録』に登場する架空の医職。
主として「動態外」にあるものを扱い、その構造を読み、必要な処置を施し、保存する。
死したものから、生をみる。
標本医の対象は人体に限られない。
骨格、臓器、組織、動物、植物、菌類、薬用素材、鉱物、器物。
医学を基礎として、病理学、解剖学、形態学、薬学、博物学など、複数の専門領域にまたがる。
本職の中心は、処置と保存。
固定、防腐、乾燥、封入、洗浄などを通して対象の状態を保ち、次に見る者が同じものを観察できるよう、記録とともに渡していく。
――標本医・志岐理一郎。
江都医理院から文部省博物局調査課・特例事象観記掛へ出向した観測官。
病理・形態・比較解剖、生物標本を得意とし、京洛で書記官・久遠異紀とともに怪異の観測と記録にあたっている。
作中では、その専門がさまざまな場面に現れる。
第3話『朧紗』では、触れるたび手触りの変わる古渡更紗を調べる。
医理院の手術場で扱ったガーゼの記憶や、蛇の腹鱗の構造を手掛かりに、触感を読み解き、異紀とともに観測結果を記録へ残す。
第8話『木鷽』では、発言異常を引き起こすとされる木鷽を調査する。
黴や薬剤の可能性を考慮し、濾気口布を用いて開封。
拡大鏡による観察や鳥の形態についての知識から、木鷽の構造を確かめていく。
そして、標本医は医師でもある。
専門が動態外にあることは、生きた人を診る知識や技術を持たないという意味ではない。
ただし、長期的な臨床診療が標本医の本職というわけではない。
第5話『胡聲』で、書記官・久遠異紀が理一郎へ尋ねる。
「志岐さんの専門、動態外やなかった?」
理一郎は答える。
「脈があれば、見る」
専門は、死したものから生をみること。
それでも、生きた人を前にして、医者として何をするのか。
『理玄異聞録』は、標本医・志岐理一郎と書記官・久遠異紀が、名づけきれない怪異を観測し、記録していく物語です。
理は形を測る。異は声を写す。
ここに、並び立ちて記す。
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【標本医について】
▼標本医(ひょうほんい)とは|『理玄異聞録』用語辞典
https://note.com/tsumugi_uta/n/ne46df676ed88
標本医の正式な定義、専門領域、処置と保存、生体診療との関係、現実の医療職との違いなどを掲載しています。
作品内での英語名:Specimen Physician
作品内でのドイツ語名:Präparatarzt
いずれも『理玄異聞録』独自の架空医職を表す名称です。
【関連する本編】
・第3話『朧紗』第4章|古渡更紗の触感と形態観測
・第5話『胡聲』|二胡の怪異と、医師としての理一郎
・第8話『木鷽』第2章|木鷽の開封と標本医の観測
【使用図版】
図版:ゲラン=メネヴィル編
Dictionnaire pittoresque d’histoire naturelle(1833–1840)
Natural History Museum Library, London / BHL
Public Domain
植物図譜
図版:E. Noble Smith
The descriptive atlas of anatomy(1880)
Wellcome Collection
Public Domain
心臓と大動脈・前面観(Plate 55, Fig. 3)
図版:Christian Heinrich Pander / Eduard d’Alton
Die vergleichende Osteologie(1821–1838)
Smithsonian Libraries and Archives / BHL
Public Domain
比較骨学図版(Abth. 1–2、図版003・III)